日本語の表記は時に複雑で、同じように聞こえる言葉でも、書き方が異なる例は少なくありません。
特に、今回取り上げる「づ」と「ず」のような発音が似ている文字の使い分けは、よく混乱を招きます。
この記事では、日常的に使われる「見づらい」と「見ずらい」のどちらが正しいか?・・・について詳しく説明します。間違って使われがちなこれらの言葉ですが、日本人なら正しい使い方を身につけることは大切です。
「見づらい」と「見ずらい」、正しい表現はどちら?
結論から言うと、正しいのは「見づらい」です。
まず明確にしておきたいのは、「見ずらい」という表現は間違っているということです。
その理由は、日本語には本来「見ずらい」という形が存在しないためです。
「見づらい」という言葉は、「見る」という動詞の連用形に「づらい(辛い)」という接尾語が加わることで構成されます。「づらい」という接尾語は、何かを行う際の困難さを示すために使われます。
そのため、「見づらい」は「見るのが難しい」または「視認しにくい」という意味を持ちます。
「づらい【辛い】」という接尾語は、行為が困難であることを示します。例えば「老眼で辞書が見づらい」「読みづらい本」「話しづらい状況」といった使い方がされます。
それでは、なぜ「見ずらい」と誤って使われるのでしょうか? 主な理由は次の二つです。
- 「見ずらい」という表現が正しいと誤解している。
- 「現代仮名遣い」の中で「ず」と「づ」の使い分けに関する誤解がある。
これらの点について、さらに詳細を掘り下げてみましょう。
「見ずらい」とよく誤解される理由
まず、なぜ多くの人が「見ずらい」と誤って表記するのかを考えてみましょう。これは、「見ずらい」が正しいと思い込んでいるからです。
「みづらい」という発音を聞いたとき、その「づ」を「す」に濁点をつけた「ず」と間違える人が多いのです。
この誤解から、「見づらい」と書くべき場面でも、「見ずらい」と記述してしまうわけです。
現代仮名遣いの理解誤り
次に、「見ずらい」を使う人が増えている背景には、「現代仮名遣い」の規則に対する誤解があります。
1986年に行われた「現代仮名遣い」の改定で、「ぢ・づ」は「じ・ず」に統一されることが内閣告示により提案されましたが、例外規則も存在します。
特に連語では「ず」ではなく「づ」を使用するとされており、「見づらい」(見る+つらい)もその例外に当てはまるのです。
そのため、「見ずらい」ではなく「見づらい」が正しい表現とされています。
日本語の表記ルールが見直され、特に「ぢ」「づ」を「じ」「ず」に統一する変更が行われました。この改定は、仮名の使い分けを単純化し、より書きやすく理解しやすい仮名遣いを目指すものでした。ただし、連語など一部例外も設けられ、「づ」が必要な場合もあります。
「見づらい」を使った具体例
「見づらい」がどのような状況で使われるか、具体的な例を挙げてみましょう。
- 展示されている作品が多く、照明が暗いため見づらい状態です。
- 最近、文字がぼやけて見づらいと感じることが増えました。
- 夜道が暗くて、歩道の段差が見づらい。
- 雪が降っているため、遠くの看板が見づらいです。
- 彼の筆記は非常に小さく、文章が見づらい。
- スマートフォンの画面が割れてしまい、情報が見づらくなった。
- 部屋の照明が暗いため、本の文字が見づらい。
これらの例は、何かを見るのが困難である状況を表しています。