時計を見るたびに当たり前のように感じている「1秒」という時間の単位。しかし、地球の自転速度は常に変化しており、私たちが使っている時計の時間と実際の地球の動きには微妙なズレが生じています。そのズレを調整するために存在するのが「うるう秒」です。
2025年7月には、地球の自転速度が急上昇し、7月10日が今年最も短い1日となったことが話題になりました。この現象により、史上初の「マイナスうるう秒」の導入可能性も議論されています。
本記事では、うるう秒の基本的な仕組みから最新の動向まで、専門的な内容をわかりやすく解説します。
うるう秒とは何か?基本的な仕組みを解説
うるう秒とは、地球の自転に基づく時間と原子時計による正確な時間との間に生じるズレを調整するために、1年に最大2回まで挿入される1秒のことです。
原子時計と地球時間のズレが生む必要性
現代の時刻システムは、セシウム原子の振動を基準とした原子時計によって管理されています。原子時計は極めて正確で、300万年に1秒程度しか誤差が生じません。
一方、地球の自転速度は様々な要因により常に変動しています。月の引力、大気の変動、地球内部の変化などにより、1日の長さは数ミリ秒単位で変化し続けています。
この結果、「地球の自転に基づく時間」と「原子時計による均一な時間」の間にズレが蓄積されていきます。このズレが0.9秒に達すると、うるう秒の挿入が検討されます。
協定世界時(UTC)との関係
うるう秒は、協定世界時(UTC:Coordinated Universal Time)において実施されます。UTCは、原子時計による国際原子時(TAI)を基準としながら、地球の自転を示すUT1との差を1秒以内に保つよう調整された時刻系です。
具体的には、UTC-UT1の差(DUT1)が±0.9秒を超えないよう、必要に応じてうるう秒が挿入または削除されます。
うるう秒が挿入される条件とタイミング
うるう秒の実施は、国際地球回転・基準系事業(IERS)が決定します。通常は以下のタイミングで実施されます:
- 6月30日23時59分59秒と7月1日0時0分0秒の間
- 12月31日23時59分59秒と1月1日0時0分0秒の間
挿入される場合、23時59分59秒の後に23時59分60秒が追加され、その後0時0分0秒となります。
うるう秒が必要になる理由と地球の自転変化
地球の自転速度が変動する理由は複雑で、複数の要因が相互に影響し合っています。
地球の自転速度が変動する要因
地球の自転速度変動には、以下のような要因があります:
短期的変動(日から年単位)
- 大気の運動(ジェット気流、季節変動)
- 海洋の流れの変化
- 月の引力による潮汐効果
長期的変動(数年から数十年単位)
- 地球内部の変化(外核の流動変化)
- 極移動
- 氷河の融解と質量分布の変化
月の引力と潮汐力の影響
月の引力は地球の自転に継続的な影響を与えています。月は地球から徐々に遠ざかっており、これにより地球の自転は長期的に減速しています。この効果により、1日の長さは1世紀あたり約2.3ミリ秒ずつ長くなっています。
しかし、短期的には月の軌道位置により影響が変化します:
- 月が赤道に近い位置にあるとき:地球の自転が若干減速
- 月が極地に近い位置にあるとき:地球の自転が若干加速
大気や海洋の変動による影響
大気と地球は運動量を共有して回転しているため、大気の動きの変化は地球の自転に直接影響します。
夏季には、ジェット気流の変動により大気の回転速度が通常より遅くなります。運動量保存の法則により、大気が遅くなると地球本体は回転を速める必要があり、結果として1日が短くなります。
エルニーニョやラニーニャなどの海洋変動も、大気循環を通じて地球の自転に影響を与えます。
地球内部構造の変化(核の回転速度変化)
地球内部では、固体の内核、液体の外核、マントル、地殻がそれぞれ異なる速度で回転しています。
近年の研究により、地球の外核は過去50年間にわたって回転速度を落としていることが判明しています。運動量保存により、外核が遅くなると地球の固体部分(マントルと地殻)は回転を速める必要があり、これが現在観測されている地球自転の加速に寄与している可能性があります。
しかし、この現象の詳細なメカニズムは完全には解明されておらず、将来の変化も予測困難な状況です。
うるう秒の歴史と実施記録
うるう秒制度は、時刻精度向上への社会的要求と地球物理学的現実とのバランスを取るために生まれました。
1972年からの導入経緯
うるう秒制度は1972年1月1日に導入されました。それ以前は、協定世界時自体が地球の自転に合わせて調整されていましたが、原子時計の普及により、より正確で予測可能な時刻システムが求められるようになりました。
制度導入の背景には以下の要因がありました:
- 原子時計技術の発達と普及
- 衛星通信・航法システムの発展
- 科学観測における高精度時刻の必要性
過去のうるう秒実施一覧
1972年以降、2017年末まで合計27回のうるう秒が挿入されています(すべて正のうるう秒)。主な実施年は以下の通りです:
1970年代(頻繁な実施期)
- 1972年〜1979年:10回実施
- この時期は地球の自転減速が顕著
1980年代〜1990年代(安定期)
- 年1回程度の実施
- 地球自転速度が比較的安定
2000年代以降(実施頻度低下)
- 2012年7月1日:最後のうるう秒実施
- 2017年1月1日:直近の実施(第27回)
- 2018年以降:実施なし
最近の地球自転速度上昇傾向
2020年頃から、地球の自転速度に明確な加速傾向が見られるようになりました。特に注目すべき変化は以下の通りです:
2020年の記録的短縮
- 2020年7月19日:1.4602ミリ秒短縮(当時の記録)
- 年間を通じて短い日が多数観測
2024年〜2025年の加速
- 2024年後半から加速がより顕著に
- 複数の日で1ミリ秒以上の短縮を記録
この傾向により、史上初の「負のうるう秒」(マイナスうるう秒)の導入が現実的な課題として浮上しています。
2025年の特異な現象:マイナスうるう秒の可能性
2025年は地球の自転に関して特筆すべき年となっています。記録的な自転速度の上昇が観測され、時刻制度に新たな課題をもたらしています。
7月10日が今年最短の1日となった背景
2025年7月10日は、現代的な時間測定が始まった1955年以降で最も短い1日の一つとなりました。この日は標準的な24時間(86,400秒)よりも1.38ミリ秒短く測定されました。
国際地球回転・基準系事業(IERS)および米海軍天文台のデータによると、7月周辺では以下のような短縮が記録されています:
- 7月9日:1.35ミリ秒短縮
- 7月10日:1.38ミリ秒短縮(今年最短)
- 7月22日:1.33ミリ秒短縮
さらに8月5日も歴史的に短い1日になると予測されており、地球自転の加速傾向が継続していることを示しています。
地球自転速度急上昇の原因(専門家見解)
米海軍天文台地球姿勢部門の天文学者ニコラス・スタマタコス氏は、「過去10年間、1日の平均的な長さはおおむね短くなってきており、特に過去5年ほどはその傾向が顕著で、1日が24時間に満たないこともあった」と指摘しています。
しかし、この急激な自転速度上昇の明確な原因は特定されていません。考えられる要因として、以下が挙げられています:
大気変動の影響
- 異常気象による大気循環パターンの変化
- ジェット気流の長期的な変動
地球内部変化の加速
- 外核の回転変化が予想以上に進行
- 内核と外核の相互作用の変化
複合的要因
- 複数の短期・長期要因が同時に作用
- 気候変動による間接的影響
米スクリップス海洋研究所の地球物理学者ダンカン・アグニュー氏は、「なぜこんなことが起こっているのか、将来的に核がどうなるのかは、わかっていません」と述べており、現象の複雑さを示しています。
史上初の「マイナスうるう秒」導入の可能性
現在の地球自転加速が継続した場合、協定世界時(UTC)と地球時間(UT1)の差が-0.9秒に達する可能性があります。この場合、史上初の「マイナスうるう秒」の実施が必要になります。
マイナスうるう秒の実施方法:
- 通常:23:59:58 → 23:59:59 → 00:00:00
- マイナスうるう秒:23:59:58 → 00:00:00(23:59:59を飛ばす)
この措置により、UTCがUT1に追従し、天文観測や測地学的要求を満たすことができます。
ただし、マイナスうるう秒の実施は技術的に大きな課題を伴います。多くのコンピューターシステムは正のうるう秒のみを想定して設計されており、マイナスうるう秒への対応は限定的です。
うるう秒が社会システムに与える影響
現代社会の高度に情報化されたシステムにおいて、1秒という短い時間であっても、その調整は大きな影響を与える可能性があります。
コンピューターシステムへの影響
多くのコンピューターシステムは、時刻が常に前進することを前提として設計されています。うるう秒の挿入は、以下のような問題を引き起こす可能性があります:
タイムスタンプの重複
- 同じ時刻が2回現れることによるデータの整合性問題
- ログファイルの順序の混乱
プロセススケジューリングの混乱
- 定期実行プロセスの重複実行
- タイマー機能の異常動作
データベースシステムの問題
- 主キー制約違反
- トランザクション処理の異常
特にマイナスうるう秒の場合、時刻が後退することになるため、従来のうるう秒以上に深刻な問題が発生する可能性があります。
GPS や通信システムでの問題事例
全地球測位システム(GPS)は、原子時計を基準とした独自の時刻系(GPS時)を使用しており、うるう秒による調整は行いません。現在のGPSとUTCの間には18秒の差が蓄積されています(2017年のうるう秒実施後)。
過去のうるう秒実施時には、以下のような問題が報告されています:
2012年7月1日のうるう秒実施時
- 複数の航空会社でシステム障害
- 一部のウェブサイトでアクセス障害
- 株式取引システムの一時停止
通信システムへの影響
- 携帯電話基地局の同期問題
- インターネットのルーティング障害
- 衛星通信の時刻同期エラー
金融取引システムでのリスク
金融市場では、取引の正確な時刻記録が法的要求事項となっており、わずかな時刻のズレでも大きな問題となります。
高頻度取引(HFT)への影響
- マイクロ秒単位での取引タイミングが重要
- うるう秒による時刻調整で取引順序が混乱
- アルゴリズム取引システムの異常動作
決済システムのリスク
- 決済処理の重複や欠落
- 異なる金融機関間での時刻同期問題
- 規制報告における時刻記録の不整合
これらのリスクを避けるため、多くの金融機関はうるう秒実施日の取引を一時停止するなどの対策を講じています。
うるう秒廃止論と将来の時刻制度
うるう秒による社会システムへの影響が明らかになるにつれ、制度自体の見直しを求める声が国際的に高まっています。
国際的な廃止議論の現状
国際電気通信連合(ITU)では、2005年以降、うるう秒廃止について継続的な議論が行われています。廃止論の主な論拠は以下の通りです:
技術的観点
- 現代社会のIT依存度の高まり
- システム障害リスクの増大
- 開発・運用コストの増加
実用的観点
- 一般市民への影響は極めて軽微
- 天文観測以外での精密時刻の必要性は限定的
一方、廃止への反対意見も存在します:
科学的観点
- 天文観測における地球座標系の一貫性
- 長期的な時刻系の発散への懸念
伝統的観点
- 太陽時との関係維持の重要性
- 時刻の物理的意味の保持
代替案としての「うるう時」構想
うるう秒の問題を解決する代替案として、「うるう時」の導入が提案されています。
この構想では:
- うるう秒の実施を停止
- UTCとUT1の差を数十年間蓄積
- 差が1時間に達した時点で「うるう時」を実施
うるう時の利点:
- 頻繁な調整が不要
- システムへの影響を予測・準備可能
- 技術的対応時間の確保
課題:
- 長期間の時刻系分離
- 天文観測への影響
- 国際合意形成の困難さ
各国の立場と合意形成の課題
うるう秒廃止に関する各国・地域の立場は分かれています:
廃止賛成派
- アメリカ:IT産業の観点から強く支持
- 多くのヨーロッパ諸国:技術的合理性を重視
廃止反対派
- イギリス:グリニッジ天文台の伝統を重視
- 一部の発展途上国:急激な変更への懸念
中立・慎重派
- 日本:科学的検討を重視した慎重な対応
- ロシア:宇宙開発との関連で慎重な検討
2022年の世界無線通信会議(WRC-23)では、2035年までにうるう秒廃止の方向で合意されましたが、具体的な実施方法や代替制度については継続審議となっています。
よくある質問(FAQ)
Q: うるう秒はなぜ必要なのですか?
A: 地球の自転速度が変動するため、地球の動きに基づく時間と原子時計による正確な時間の間にズレが生じます。このズレが大きくなりすぎないよう調整するためにうるう秒が必要です。
Q: うるう秒はいつ実施されるのですか?
A: 通常は6月30日または12月31日の終わりに実施されます。国際地球回転・基準系事業(IERS)が地球の自転状況を監視し、必要に応じて実施を決定します。
Q: マイナスうるう秒とは何ですか?
A: 地球の自転が速くなった場合に、1秒を削除する調整です。これまで実施されたことはありませんが、現在の地球自転加速により、史上初の実施可能性が議論されています。
Q: うるう秒が日常生活に与える影響はありますか?
A: 一般的な日常生活への直接的な影響はほとんどありません。しかし、コンピューターシステムや通信システムには技術的な影響があり、間接的にサービス障害などが発生する可能性があります。
Q: なぜうるう秒の廃止が議論されているのですか?
A: 現代社会のIT依存度が高まり、うるう秒による技術的な問題が増加しているためです。システム障害のリスクや対応コストが、時刻調整の利益を上回るという議論があります。
Q: 地球の自転速度はなぜ変化するのですか?
A: 月の引力、大気の変動、地球内部の変化など、複数の要因が影響します。最近の急激な加速の原因は完全には解明されていません。
Q: GPSの時刻はうるう秒の影響を受けますか?
A: GPS独自の時刻系(GPS時)を使用しており、うるう秒による調整は行いません。そのため、GPSとUTCの間には徐々に差が蓄積されています。
専門家の視点:時間標準の未来
時間標準の将来について、世界各国の専門家から様々な見解が示されています。
米海軍天文台の見解 ニコラス・スタマタコス氏は、現在の地球自転変化について「過去に例を見ない急激な変化」と評価し、従来の予測モデルの見直しが必要であることを指摘しています。特に、マイナスうるう秒の実施が現実的な課題となった現在、技術的な準備が急務であると強調しています。
地球物理学界の懸念 スクリップス海洋研究所のダンカン・アグニュー氏をはじめとする地球物理学者は、地球自転変化の根本的原因の解明が重要であると主張しています。地球内部の変化、特に核の動きに関する理解が深まれば、より正確な予測が可能になると期待されています。
情報技術業界の要求 Google、Amazon、Microsoft等の大手IT企業は、うるう秒廃止を強く支持しています。これらの企業は、クラウドサービスの安定性確保と開発効率向上の観点から、予測困難な時刻調整の廃止を求めています。
天文学界の立場 国際天文学連合(IAU)は、天体観測における座標系の一貫性を重視し、うるう秒制度の重要性を主張しています。ただし、社会的な要求も理解しており、代替案についても建設的な議論を続けています。
将来予測と提言 専門家の多くは、以下の点で合意しています:
- 短期的対応(2025-2030年)
- マイナスうるう秒への技術的準備の推進
- システム障害リスクの最小化
- 中期的展望(2030-2040年)
- うるう秒制度の段階的見直し
- 国際合意に基づく新制度の導入
- 長期的ビジョン(2040年以降)
- 科学的要求と社会的要求のバランスを取った持続可能な時刻制度
- 技術進歩に対応した柔軟な制度設計
現在の地球自転変化は、時刻制度の根本的な見直しを迫る重要な契機となっています。科学的精密性と社会的実用性を両立させる新たな時間標準の確立が、21世紀の重要な課題の一つとなっています。
まとめ:『うるう(閏)秒』とは?
うるう秒は、地球の自転変動に対応するための重要な時刻調整制度ですが、現代社会の高度情報化により、その存在意義と実施方法が大きな議論を呼んでいます。
2025年に観測された地球自転の急激な加速は、史上初のマイナスうるう秒実施の可能性をもたらし、時刻制度の新たな転換点となっています。技術的な課題への対応と国際的な合意形成が、今後の重要な課題となるでしょう。
地球の自転という自然現象と、人類が構築した高精度時刻システムとの調和をどのように図るか。この問題は、科学技術と社会の関わりを考える上で、極めて興味深い事例といえるでしょう。